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松山地方裁判所 昭和30年(行)7号 判決

原告 真鍋矯

被告 国 外一名

訴訟代理人 越智伝 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

(一)被告国は別紙物件目録の土地及び建物につき

(1)被告国のため松山地方法務局土居出張所昭和二十七年五月十四日受付第四八九号(土地につき)第五〇二号(建物につき)を以てなした同年三月三十一日附自作農創設特別措置法第十五条の規定に基く買収に因る所有権取得登記の抹消登記手続を

(2)被告山内周市のため松山地方法務局土居出張所昭和二十七年五月十三日受付第四六九号(土地につき)及び同出張所昭和二十七年六月四日受付第六〇一号(建物につき)を以てなした自作農創設特別措置法第二十九条の規定に基く売渡に因る所有権取得登記の抹消登記手続を

(3)原告のために昭和二十五年九月二十八日附抵当権設定契約に基く昭和二十五年十月六日松山地方法務局土居出張所受付第一八〇二号を以てせられた抵当権設定登記の回復登記手続を

なすべし。

(二)被告山内周市は被告山内周市のため右目録記載の土地につき松山地方法務局土居出張所昭和二十七年五月十三日受付第四六九号同上記載の建物につき同出張所昭和二十七年六月四日受付第六〇一号を以てした昭和二十七年三月三十一日附自作農創設特別措置法第二十九条の規定に基く売買による所有権取得登記の抹消登記手続を

なすべし。

もし右請求が容れられないときは

被告国は原告に対し金五万円及びこれに対する昭和二十五年九月二十九日からその支払の済むまで年一割の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求め

その請求原因として(第一次請求につき)

原告は被告山内周市の先代訴外山内義晴に対し昭和二十五年九月二十八日金五万円を弁済期同年十二月末日、利息年一割、利息の支払期元金と同時の約定で賃付け、右債権担保のため当時右山内義晴の所有であつた別紙物件目録記載の土地(以下単に本件の土地と略称する)及び建物(以下単に本件建物と略称する)に対し抵当権の設定を受け同年十月六日松山地方法務局土居出張所受付第一八〇二号の抵当権設定登記を了した。

然るところ被告国は右抵当権の目的たる本件土地及び建物を昭和二十七年三月三十一日に自作農創設特別措置法の規定に基いて買収し同日被告山内周市に対してこれを売渡し、これに関し前示請求の趣旨記載(一)の(1) (2) の各登記を経由するとともに原告不知の間に原告の前示債権担保のために存する右抵当権設定登記を土地については同年五月十日前記出張所受付第四八九号を以て建物については同月十四日同出張所受付第五〇二号を以てそれぞれ抹消登記をした。

しかしながら右登記原因となつた右の買収処分には次のような明白且つ重大な瑕疵が存し当然無効であるのでこれを原因とする右各登記は何れも無効である。すなわち

1、右の買収処分は昭和二十七年三月三十一日前記山内義晴を相手として行われたのであるが同人は既に昭和二十六年六月二十日に死亡し、右買収当時は生存しておらず、従つて右の処分は登記簿上の所有名義人に過ぎない死亡者を名宛人としてなされたものであるから当然無効である。

2、仮りに右の主張が容れられないとしても本件の各物件には前記のように抵当権が設定されていたものであつたが自作農創設特別措置法第十三条第一項但書によれば買収物件につき抵当権その他の物上権利者が存するときは買収に当り当該権利を有する者からその対価を供託しなくてもよい旨の申出がある場合を除いては政府はその対価を供託しなければならないのに拘らず本件買収に当つて被告国は抵当権者たる原告から何らの申出をしなかつたのに買収対価を供託することなく買収手続を完結したものであるから本件買収処分は当然無効である。

よつて被告らに対し買収及び売渡に因る各所有権取得登記の抹消登記手続を求めると共に被告国に対し買収の有効なことを前提としてなされた前記抵当権抹消登記の回復登記を求める。

(予備的請求につき)仮りに右各請求が理由がないとしても前記のように被告国は故意又は過失によつて自作農創設特別措置法第十三条第一項但書の規定に違背しその買収対価を供託しなかつたためこれに因つて原告は抵当権を喪失するに至つた。そうして山内義晴の相続人は同人の妻と子供二人位あるもいずれも無資産で原告に対し前示債務を弁済する能力はない、従つて原告は被告国に対し右手続の欠缺より右に抵当権による被担保債権金五万円及びこれに対する貸付後の利息及び損害金に相当する損害を蒙るに至つたものである。よつてここに原告は被告国に対し右金五万円とこれに対する貸与の日の翌日である昭和二十五年九月二十九日からその支払の済むまで年一割の前記約定利率による利息及び遅延損害金の支払を求めると述べ、被告国の主張に対して本件土地及び建物の買収代金額は知らない、本件買収処分当時の訴外山内義晴の株式会社伊予合同銀行に対する残存債務額は不明であるが右債務は昭和三十年四月二十八日には完済されていると述べた。

被告国指定代理人は主文同趣旨の判決を求め、答弁として、

第一、(第一次の請求について)原告主張の請求原因事実中本件の土地及び建物につきその主張のような抵当権設定登記が存したこと右各物件はもと訴外山内義晴の所有であつたが原告主張のように被告国において昭和二十七年三月三十一日これを買収し、更に同日被告山内周市に売渡し右買収及び売渡につき原告主張のとおり所有権取得登記を経由し且原告のために存した抵当権の設定登記が抹消されたこと、本件買収に当つて原告に対しその通知をせずその買収対価も供託しなかつたこと、右買収の手続が登記簿上の所有名義人である訴外山内義晴を名宛人として行はれたこと、同人が昭和二十六年六月二十日既に死亡していたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。

(一)右買収の手続が既に死亡していた山内義晴を所有名義人として行はれたことが形式上相当でないにしてもその実質は山内義晴の相続人に対してなされたものと解すべきであり、現に本件土地及び建物の買収令書は右訴外人の相続人に交付され買収対価も同相続人に支払われているのであるから必ずしも違法ではないのみならず、仮に右の点に瑕疵があるものとしても本件の買収手続は登記簿上の記載に信頼してなされたものであるから当然無効とはいいえない。

(二)本件買収処分について買収の対価を供託しなかつたことは買収に当つた行政庁の手落であつて違法たるを免れないけれどもこれは単に右買収対価支払手続上の瑕疵たるにとどまりその前段階たる買収令書の交付による買収処分の効果には何ら影響を与えるものではない。

第二、(予備的請求について)本件土地及び建物につき抵当権設定登記があるにもかゝわらず被告国が買収処分の実施に当りその対価の供託をしていないこと、訴外山内周市の相続人は現在資力がないことは認めるがその余の事実は争う。即ち本件各物件については原告の低当権の先順位として訴外株式会社伊予合同銀行のために債権極度額金拾参万円の根抵当権が設定されその登記がなされており、本件買収処分当時右根抵当権の被担保債権額は金九万五千円に及んでいたものであるから被告国において買収対価を供託したとしてもその供託金が原告の手中に帰する事情にあつたものとはいえない。なお本件の買収対価は宅地の分が金弐千九百円建物の分が金四千四百七円合計金七千参百七円であると述べた。

被告山内周市は主文と同趣旨の判決を求めその答弁として、原告主張の請求原因事実は本件各物件につき同被告は自作農創設特別措置法に基いて売渡を受けたことは認めるがその余はすべて争う。と述べた。

〈立証 省略〉

理由

第一、被告国に対する第一次請求について。

この請求は自作農創設特別措置法に基いて行政庁の行つた土地及び建物の買収処分乃至売渡処分の当然無効であることを前提として買収又は売渡による所有権取得登記の抹消登記及び買収に因つて抹消せられた抵当権設定登記の回復を求めるものであつて、行政処分そのものゝ取消もしくは無効確認を求めるものではないから所謂行政訴訟ではなく通常の民事訴訟に属するものである。

ところで本件土地及び建物がもと訴外山内義晴の所有であつたことこの物件については昭和二十五年十月六日松山地方法務局土居出張所受付第一八〇二号を以て原告を債権者とする、債権額金五万円也弁済期昭和二十五年十二月末日利息年一割利息支払時期元金と同時なる債権の担保のための抵当権設定登記が存したこと被告国が昭和二十七年三月三十一日自作農創設特別措置法に基づいて右土地及び建物を買収し、同日被告山内周市に対してこれを売渡し、右買収及び売渡につき原告主張のとおり取得登記がなされ、且前記抵当権設定登記が被告国の買収による抵当権の消滅を原因として抹消されたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

原告は本件の各物件についての買収処分はそれが行はれた昭和二十七年三月三十一日当時既に死亡していた前示山内義晴を名宛人としてなされたものであるから当然無効であると主張するのでまずこの点について判断する。右山内義晴が昭和二十六年六月二十日に死亡したこと及び本件土地及び建物の買収手続が山内義晴を所有名義人として行はれたことは被告国の認めるところであると共に、右買収処分当時本件土地及び建物の所有名義人が登記簿上山内義晴のまゝであつたことは原告も争はないところである。(甲第五号証の登記簿謄本参照)およそ自作農創設特別措置法による買収手続が既に死亡している登記簿上の所有名義人を所有者なりと表示して行はれた場合特に反対にみるべき事情のない限り実質的には死亡した所有名義人の相続人を相手として行はれたものとみるのが相当であり、本件の場合買収の衝に当つた行政庁が山内義晴の既に死亡していることを確知しながらあえて所有者を山内義晴と表示して買収手続を進めたものと認め得る証左はなく、その他反対にみるべき特段の事情の存在を認めさせる資料もない。特に成立に争のない乙第一、二号証の各一、二及び本件弁論の全趣旨によれば、山内義晴の相続人はその妻と子供二人位であつて本件土地及び建物の買収令書は相続人に交付され買収対価も相続人に支払はれていることを窺知することができる。結局本件の場合右のような買収手続上の瑕疵が取消訴訟の段階において違法として争い得るか否かはともかくこれがために買収処分が当然無効であるとはいえないからこの点に関する原告の主張は採用できない。

次に原告は被告国は本件土地及び建物の買収について自作農創設特別措置法第十三条第一項但書の規定による対価供託の手続を履践しなかつたから右買収処分は当然無効であると主張し、被告国が右規定に基く買収対価の供託をしなかつたことは同被告も争はないところであるけれども右手続上の瑕疵は単に買収対価の支払手続上の違法たるに止まりこれに先行する買収処分そのものの効果には何等影響を与えるものではないから原告の右主張も採用するに由ないものである。

さすれば本件土地及び建物の買収処分が上記の理由により当然無効であり、従つて被告山内えの売渡処分も当然無効であることを前提として被告国に対し前掲各登記の抹消及び抹消された抵当権設定登記の回復を求める原告の請求は失当であるからこれを棄却すべきである。

第二、被告山内周市に対する請求について。

被告国の買収した本件土地及び建物が昭和二十七年三月三十一日被告山内に売渡されこれに因る所有権移転登記の行はれたことは当事者間に争がない。

しかし右土地及び建物の買収処分が当然無効といえないことは前記第一で説示したとおりでこれは被告山内に対する関係においても同一であるから右買収処分が当然無効であり従つて被告山内に対する売渡処分も当然無効であることを前提とする被告山内に対する請求も亦失当として棄却を免れないものである。

第三、被告国に対する予備的請求について。

本件土地及び建物につき原告主張のような抵当権設定登記が存していたが自作農創設特別措置法により買収処分がなされ、これにより右抵当権設定登記は抹消せられたこと、被告国が右買収の対価を供託しなかつたことは既に第一の請求について述べたとおり当事者間に争がなく弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一号証によれば原告と訴外山内義晴との間にその主張のような金銭の賃借が成立し、これによる原告の債権担保のため本件土地及び建物に担当権が設定せられ、その登記を経たものであることが認められる。

右の事実によると、被告国は本件土地及び建物につき右のような抵当権が存するのであるから右物件の買収対価は自作農創設特別措置法第十三条第一項但書に従い、担保権利者から供託をしなくともよい旨の申出がない限りこれを供託すべきであることはいうまでもない。本件の場合抵当権者から買収対価の供託をしなくともよい旨の申出のあつたことは被告国の主張立証しないところであるから、被告国が供託をしなかつたについては反証のない限り少くとも過失の責を免れ得ないものと認めなければならない。

ところで前記山内義晴の相続人はいずれも無資産者であつて前示抵当権の被担保債権を弁済する能力を欠除していることは当事者間に争がなく、前掲乙第一号証の一、二によればその買収対価は土地は金弐千九百円、建物は金四千四百七円であることが認められる。然るところ成立に争のない甲第五号証によれば右買収当時本件各物件には昭和二十五年八月三十一日訴外株式会社伊予合同銀行のため元本極度額金拾参万円の根抵当権が設定せられその登記を経ていたことが認められ、他方成立に争のない甲第六号証によると右銀行(現在の株式会社伊予銀行)は昭和二十六年三月五日山内義晴に貸与した金九万円が昭和三十年九月二十八日に完済されたことが認められる。右のような状態の下では仮りに被告国において右買収対価合計金七千参百七円を供託したとしてもそれがすべて原告の前記抵当債権の弁済に充てられるべき関係にあつたものとは認め難い。

すなわち原告において右先順位の根低当権によつて担保された債権額が買収当時皆無であつたかもしくは右買収対価額以下であつたことを立証しない限り被告国の供託懈怠によつて原告の蒙つた損害の有無もしくはその数額を確認することはできない筋合である。結局被告国の供託懈怠によつて原告の蒙つた損害の額につきその立証なきに帰するから、この請求も理由がない。

よつて原告の請求はいずれもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 瓦谷末雄 中利太郎)

物件目録〈省略〉

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